風の通る道 by mamaneko

人や音楽や本は、出合うべきときに出会うね。本当に不思議だけれど。風のように、波のように。風の通る道。そんな話を少しずつ。

「It’s so easy」の衝撃と、映画「リンダ・ロンシュタット THE SOUND OF MY VOICE」 My DIVA ☆ Linda Ronstadt

中学3年だったと思う。ラジオから流れてきた「It’s So Easy」(リンダ・ロンシュタット)をはじめて聴いたときの衝撃。「え、なに、この歌声。かっこいい♡」 

 

1970年代の後半のことだ。日本の歌謡曲もフォークも、女性はかよわくて、恋を失っては泣いて、耐えて、好きな人がふりむいてくれるのを待って、着てはもらえないセーターを涙こらえて編んでいたりして(笑)……。

日本の歌に歌われるそんな女性像に、「なんか違―う!」と思っていたところに、「恋に落ちるなんて、簡単よ!!!」と歌い放つ、その歌声は、キュートで、かっこよくて、強くて、ふくよかで、情熱的で、太陽のようで――そして、心にまっすぐ入ってきた。

まっすぐ前を向いて、見据えて、歌っている。そんな歌声。

これだよ! リンダ・ロンシュタットは私のNo.1歌姫となった。

 

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昔の中学生に、欲しいレコードがすべて買えるわけがない。

ネットもない。YouTubeもない。もちろんサブスクなんてない。

せいぜい、ラジオの前にカセットテープレコーダーを置いて、「次の曲は、リンダ・ロンシュタット、It’s So Easy!」という声が聞こえた瞬間に、録音ボタンを押すのが精一杯。

 

リンダ・ロンシュタットというシンガーの名前を意識できたことで、それまでラジオで聴いて、「かっこいいなぁ」「いい曲だなぁ」と思っていた「That’ll Be The Day」や「Heatwave」「Lose Again」といった曲も彼女の歌だったと、名前と曲が一致していくのだが、「It’s So Easy」は、中学生でも、ラジオを聴いて何を歌っているのか、なんとなくわかる曲だったというのも、大きかったと思う。

 

 

さて、リンダ・ロンシュタットの映画である。

まだかまだかと待っていた映画が4月22日からようやく公開され、先日、アップリンク吉祥寺に観に行ってきた。

 

1967年、アメリカの音楽シーンに綺羅星のごとく登場して以来、その類まれなる歌声と表現力とで、多くのファンはもちろん、音楽仲間をも魅了し、プラチナアルバムを10枚、グラミー賞には26回ノミネートされ、10回受賞するなど、アメリカの歌姫として華々しく活動していたリンダ・ロンシュタット

 

そのジャンルも、フォーク、ロック、ポップス、カントリー、ジャズ、ミュージカルと、多岐にわたった。

リンダにとって「歌」「音楽」は、ジャンルで分けられるものではなく、「いい歌」「歌いたい歌」があれば、なんでも歌いたかった、表現してあげたかった、ということなんだろうな。

 

 

映画のなかで、カーラ・ボノフが「リンダの表現力はすばらしかった」と語っていた。

1970年代、アメリカといえども、音楽業界はまだまだ男性社会。女性のミュージシャンは人数が少なく、ライバルというより、みんな、姉妹のような、共同体のような感じだったそうだ。

 

カーラ・ボノフがつくり、自らも歌っている「Lose Again(邦題:またひとりぼっち)」。メジャーデビュー前だったカーラがつくったこの曲をリンダに送ったところ、とても気に入って、レコーディングにつながった。

「リンダの表現力はすばらしかった」と語るカーラの表情は、「リンダには叶わないわ」と微笑んでいるように見えた。

恋人が去ってしまった女性の心のうちを歌った、この歌。

 

私を救って、私を自由にして

この胸の想いから

 

今日こそ忘れようと思ったのに

まだ想い続けている

まだ愛してる そしてまたひとりぼっち

 

「Save me」で始まるこの曲。リンダが歌うと、つらいだけの歌にならない。

いや、悲しくて、とてもつらい。その想いも深い。それなのに、前を向いている。この歌の主人公の女性は泣いているかもしれない。でも、泣いている瞳の光は、なぜかとてもやさしく、心の奥底には、本人にも気がついていない強さがみえる……という印象の声。

この歌を、切々と、あるいは、しっとりと、歌いこなす歌手はたくさんいると思うが、こんなふうに、複雑な心情として表現しようとするシンガーはなかなかいないと思う。

 

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映画のなかで一番意外だったのは、プロデューサー、ピーター・アッシャーの「リンダは(歌うことには自信はあったが)、自分自身にはおどろくほど自信がなかった」という言葉。自信がない、というか、謙虚だった、ということではないのかな。

それが、歌声に表れていると感じる。

 

豊かな声の表情。声域の広さ、表現力の高さ。

そして、歌のうまさに1ミリも傲慢さがない。

いい歌を、その歌が一番輝くように、歌う。

自分が…じゃないんだな。歌を愛していて、その歌が一番輝くように歌いたい。

リンダは、そう思っていたような気がする。

 

映画を観ていて、そう気がついて、とてもうれしい気持ちになった。

あぁ、だから、私はリンダ・ロンシュタットの歌声が、特別に好きなのだ。

 

映画には、エミル・ハリス、カーラ・ボノフボニー・レイットドリー・パートンといった女性ミュージシャンをはじめ、ジャクソン・ブラウンライ・クーダードン・ヘンリー、J・D・サウザー、プロデューサーのピーター・アッシャーなどが登場し、リンダ・ロンシュタットの歌に向かう姿勢や素顔、エピソードなどを語る。

 

歌を愛した歌姫は、しかしその後、「思うような声が出せなく」なってくる。

パーキンソン病の発症だった。2011年、故郷アリゾナの地元紙で引退を発表した。

 

 

あんなに歌を愛していた人が、歌えなくなるなんて。

どんなにか、つらかっただろう。

映画の最後は、自宅で、甥といとこと3人で声を合わせて歌う場面だった。

甥といとこがギターを弾き、メロディラインを歌っている。

リンダはふたりの間に座り、コーラスをつけている。ひざに置いた手が、すこし震えていた。

 

やさしい歌声だった。声のハリは、少し弱いかな。

でも、メロディを歌う“家族”の声に寄りそうよう、確かで、あたたかな声。

 

彼女に歌がまだ残っていて、よかった。

この先、病状が進行したら、もう歌えなくなるかもしれないけれど、若き日のはつらつとした歌声も、キュートな笑顔も、いまのやさしい歌声も、記憶の中にずっと残っていく。

 

断片的な動画ではなく、こうして映画として残っていくことにも、感謝したい。